バンドを組んでいると、ときどき異星人に出会う。
楽譜を一切見ずに、音を聴いただけで弾いてしまう人たちだ。
私の周りを見渡すと、ギタリストやベーシストにそういう人が多い。鍵盤で「楽譜を読まない」という人には、正直いまだかつて会ったことがない。もちろんジャンルや環境にもよるだろうが、ギターやベースの世界では耳コピが主流の文化がある気がする。読めないというより、「読むより耳コピのほうが早い」という人も多いのではないだろうか。
それが羨ましくて仕方ない。
私はというと、耳コピした傍から忘れていく。たとえばジャズのアドリブフレーズを勉強しようとコピーするとき、1小節単位で消えていく。さっき覚えたはずのフレーズが、次の小節を聴いた瞬間にはもう霧散している。年齢のせいかと思ったが、よく考えたら昔からそうだった。これはもう体質というか、脳の仕様だと思っている。
だから私は、覚えているうちに急いで譜面に書く。フレーズを耳でとって、忘れる前に音符に変換する。それを繰り返すうちに、楽譜を書くスピードだけが妙に上がっていった。いいのか悪いのかよくわからないが、これが私の耳コピの仕方だ。
耳コピマンたちは、どうやって覚えているのか
では耳コピマンたちはどうやって覚えているのだろう。
忘れかけても、なんとなく弾いているうちに思い出せたりするのだろうか。それとも、もはや「覚える」という段階を超えて、手癖や体感として身体に刻まれているのだろうか。指が勝手に動く、みたいな領域なのかもしれない。
今度バンドのギタリストに聞いてみようと思っているが、うまく言語化してもらえるかどうか。そもそも無意識にできることは、言葉にしにくいものだ。
楽譜とは、脳の負担を紙の上に移す作業
楽譜を読む・読まない、どちらが優れているということはまったくない。それぞれの流儀があって、それぞれのやり方で音楽を楽しんでいる。ただ、自分とは違う回路で音楽を理解している人を見ると、純粋に面白いと思う。
とはいえ、ほとんどのアマチュアミュージシャンは、最終的に「やっぱり楽譜が欲しい」となるのではないだろうか。耳コピが得意な人でも、ライブ本番で譜面があると安心する場面はある。
脳の負担を、紙の上に移す作業とも言える。
Atelier Note では、そんな「楽譜に残したい」というニーズにお応えしている。耳コピが得意でも苦手でも、楽譜があると音楽はもう少し楽になる。
耳コピが得意でも苦手でも、楽譜があると音楽はもう少し楽になる。
Atelier Note に、気軽にご相談ください。